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同人詩誌ROKUROの活動報告など。
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事が起こっている時には何も語れない

凡てが去った後にどれだけ深くもぐったか、気づき、確信する

 

この文章は2009年の7月26日から8月3日までのごく短い期間に僕が思いつき、書きとめたものを繋げました

何かと何かを繋げるのは非常に意味のある行為だけど、常に失敗とか歪から来る「具合の悪さ」が付きまとってしまうのもやっかい

それを修正しながら長い文章を完成させていく作家の労力には感心します

 

 

 

 

まず

どうして2009年の7月26日から8月3日までの期間なのかを説明する必要がある

その頃(といってもつい最近)僕の脳の中は(特に中央部分)非常に混乱していて、妊娠後のつわりなのか、熱を下げるための大量の汗なのか、予感が迫っている時期だった

仕事の忙しさはピークに向っていたし、毎週末の海遊びの日が晴れるかどうかを心配し、沖縄旅行の日程が確定できず、日焼けしすぎて腕の皮を火傷していたし、何よりも忙しすぎて部屋の掃除も、料理を作るというイマジネイティブな文化的ヒーリング行為もできずに、徐々に心のゆとりを失って行った

それでも僕は仕事をこなし、日曜日になると早起きをしてビーチに向かい、猫に餌をあげてから眠りにつくことを繰り返して行った(日記みたいになってきた)

つまり7月26日からの8月3日の初期までに大混乱期だった脳内がその後半には平静を取り戻し

今では次の詩や音楽に対して集中力があがり始めている

このルーチンは年に何度か起こることで、混乱を経て作品への意欲が湧く「喪失から再生」を繰り返す事が僕の成長だと考えている

繰り返しながら少しづつ心と詩が練られていく

そしてこの「喪失から再生」を経ずに詩や音楽を創ることになった時、

僕は胸を張って静かに生きることができるのだろうか 

 

 

 

■■医者

Image0111.jpg津劇団の団員と海に遊びに行った

7月の半ばに3回行く

場所はすべて三浦三崎大浦海岸

水は澄んでいてシュノーケルが面白い

岩場を探検できるし、さざえのつぼ焼きが安くて美味い

ただし、水温はつめたくて体力を相当奪われる

ブイまでシュノーケリングするとさらに水温が下がる

那津劇団のけいちゃんはブイまでくると必死にブイにつかまろうとするが、、ブイはあまり浮力が無い

けいうちゃんは必死に僕の腕にしがみついてきた

海をなめてはいけない

 

 

携帯が水没 すべてのデータが水の泡になってしまった

録音していた唄も消えた

三崎の漁港で刺身を食べながらビールを飲んで帰宅

 

7月26日月曜日、朝、日焼けで腕が痛む、、、、、

完全に火傷をしてサーモンピンクにただれている、、、、、まずい、背広を通すだけで激痛

午後、けいちゃんと共に病院へ行く

診断は皮膚の9%の火傷

けいちゃんはもっとひどく背中一面を火傷

海と太陽をなめてはいけない

 

医者にはさんざん怒られて、ビールも海も禁止になった

でも次の週は沖縄 なんくるないさ

 

 

前半期は動きながら喪失を繰り返した

体力の消耗、肌の9%喪失、携帯電話データの喪失 、余裕の喪失

 

 

 

■■沖縄 

Image009.jpg7月31日、出発の朝羽田に向かう途中に言葉が出てきた

 

電車に飛び乗る 女の子を強引に口説く

笑っているやつらに 併せて高らかに呼吸

 預言者に会う 大きなものとすれ違う

食事を摂る 銅像を壊すなもう作るな

ビール 久しぶりの仲間

仲間はずれの唄 夏の日差し

ビタミンを摂取するためにシナプスを領域に浸す

ボロヲキテ ヤサシサヲナクシタヨウニオモワレ オヨギツカレル

次の場所ではニューロンと組む

 

 

沖縄・名護

此処には尊敬する仲間の一人が住んでいる

こうじ

移り住んで5年 うちなんちゅうになり始めた

土地に認められる事はそこで安らかに生きる事を許されることだ

移住した民は根付くまでに様々な苦労を強いられる

見えないストレスがかかり続けるのだ

土地に慣れ

その土地を縄張りとする先住の民に徐々に徐々に認められることでうちなんちゅうになることができる

郷では受け入れるべきことを受け入れる事により自分も初めて受け入れられる

「いま、どこね?」

「今、ホテルだよ」

「今夜はホテルに泊まる?」

「うん、そう」

「そうね」

うちなんちゅう独特のイントネーションで「そうね」というコウジ

那覇から高速道路を北上し終点の許田でおりる

そこから58号線を海沿いに北に向かうと名護市街にはいる

名護の入り口に「名護曲」という食堂がある

こうじはそこで地元の人と一緒に働いている

彼らの話す言葉は全くの外国語で

「訛っている」のではないしもちろん「方言」でもない

うちなんちゅうどくとくの言語だ

まったく何を話しているのかわからない

 

Image011.jpgラッシュガードを着て火傷した肌を隠す 

離島のプライベートビーチで泳ぐ

シュノーケリングで沖を目指す

見える魚は沖に向うにつれてどんどん大きくなってその色彩も強くなる

周りに人はほとんどいない

自然のビーチの波は温かく温泉のようだ

眼鏡越しの水中を無心で眺めている

サンゴの死骸の裂け目が真っ暗で海を恐れてしまう

言葉も音も無く強くなっていく波に身を任せる

近くにいると思ったこうじがいつの間にかさらに沖まで進んでいる

サンゴの谷間に到着すると急に深くなり、流れも強くなる

大きな魚に会いたいが、大きな魚に出会えば僕は溺れてしまうだろう

波が立ってこうじの姿が見えなくなる

深い青い色の部分まで泳いできた

ハリセンボンが素早く泳いでいく

考えよ

僕の考えよ

まだ

どうか

まだ

まとまらないでくれ

嘘のように青い波打ち際で殺さないで

常に混乱しながら静かに波の上を浮かぶ

太陽は南国特有の雲に何度も通り過ぎ去られ

クーラーボックスのオリオンのことも忘れ

水中眼鏡に酔いながら

やまない頭痛のように

僕はこの初夏の混乱をどこか 不安げに楽しんでいるのだ

この孤独を32年間の拭えない孤独を

サトウキビ畑の奥に見えるビーチが呼んでいる

呼ばないでくれ

ユタが呼んでいる

古宇利島のユタが僕を呼んでいるのだ

サトウキビ畑の奥に見えるビーチが呼んでいる

呼ばないでくれ

まだ 呼ばないでくれ

 

 

Image065.jpgラッシュガードを脱いで

岩場を歩いて先のビーチまで行く

自然のビーチには打ち寄せられたゴミがアジアの記号を示す

ここもアジアでこうじにはうちなんちゅうの言葉が理解できる

 

 

事が起こっている時には何も語れない

凡てが去った後にどれだけ深くもぐったか、気づき、確信する

こうして僕は7月26日から8月3日までの9日間で新しい気持ちを持ち集中力を得た それは新しく古い感覚です

この

「喪失と再生」の生活が長く続けば続くほど器が磨かれると信じています

 

 

昨夜は五十嵐大輔の作品を読んだ

海を題材にしている漫画です

海は良い

入り口であり出口なのか

とにかくもっと泳ぎたいのだ 僕は もっと泳いでいたい

 

 

那津 2009.8.14 

 

 

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